コラム

COLUMN

衣替えのこと

2020.11.16  コラム 

御法衣

画と文 ㈱井筒東京 常務取締役 井筒周

日本の四季と衣替えの歴史

日本には四季があり、夏と冬では着る服に違いがでるのは自然なことです。平安時代には旧暦の4月1日から夏服を着て、10月1日には冬服に着替えることが定まっていました。

江戸時代には、武家では衣替えが年に4回になっていました。

明治時代では、役人、軍人、警察官の制服を定め、明治6年(1873年)に、新暦(太陽暦)の6月1日から9月30日までの4か月間は夏服を、それ以外の8か月間は冬服を着用することを決めました。これが、学校や民間企業にも伝わり、制服の衣替えの基準となりました。

1979年に大平内閣が提唱した「省エネ・ルック」は不評でしたが、2005年に今度は「クールビズ」を政府が呼びかけ、広がりを見せました。環境省では6月1日から9月30日をクールビスの実施期間と想定していますが、これは明治政府が定めた夏服の期間と同じですね。

アメリカではかつて、「白い服や白い靴を着用するのは、メモリアルデー(5月の最終月曜日)からレイバーデー(9月の第一月曜日)のあいだに限る」というルールがありましたが、いまや、そんなルールにしばられる人はほとんどいません。

現代の気候にふさわしい身なりを

省エネルック絵

気象庁によりますと、日本の平均気温は観測が始まった1898年(明治31年)から100年で約1.2℃上昇しており、特に1990年以降、熱帯夜(最低気温が25℃以上の夜)や猛暑日(最高気温が35℃以上の日)が増えて、冬日(最低気温が0℃未満の日)が少なくなっているそうです。今では、5月や10月に冬服では、少し暑く感じる人も多いでしょう。旧暦の4月は新暦の5月、旧暦の10月は新暦の11月にあたります。最近の日本の気候を考えると、又、太陽の動きからも、立夏(5月初め)頃から立冬(11月初め)頃までが夏と考えるのが順当と感じます。

「冬服こそが正式であって、夏服は一時しのぎの略式」と考えるのではなく、暑い夏には、夏の式正の服装があると考えて、現代の気候にふさわしい身なりを整えるのがより文化的なような気がします。

省エネルック絵

リトアニアの琥珀

2020.11.9  コラム 

琥珀の念珠

井筒法衣店社長 今岡規代

琥珀とは

琥珀は、はるか数千万年も前に木からこぼれた樹液が化石になったものです。バルト海沿岸がその主な産地で、世界産出量の八割を占めるといいます。琥珀は古くから人々に愛され、ローマ時代にはすでにバルト海と北イタリア結ぶ「琥珀街道」と呼ばれる道路があったそうです。

琥珀は約200℃~350℃で溶解し加工が比較的容易なために、「琥珀」として販売されているものは、加工の全く無いものから再生品まで品質はさまざまだといいます。私は、井筒法衣店の念珠に使うため、加工の施されていない琥珀を求めて、2017年にリトアニアのパランガという港町に調査に行きました。この町は、かつては琥珀街道が通ったところで、いまも琥珀の取引が広く行われています。琥珀博物館もあります。

リトアニアのパランガ

バルト海沿岸

この町には、琥珀を取り扱う店が多数あります。
私は、いくつもの店で、様々な種類の琥珀を目にし、説明を受けました。日本で琥珀といえば、「はちみつ色の透明な宝石」というイメージですが、じつは、乳白色や茶色の透明でない琥珀があり、特に乳白色の美しいものはヨーロッパでロイヤルアンバーと呼ばれ貴重とされていることを知りました。
また、小さな粒の琥珀をいくつも溶かして大きくして固めたものや、硬化状態が足りない「コーパル」と呼ばれる類似品を琥珀と称したもの、「樹液に捕まった虫」を演出するために溶かした琥珀に現代の虫の死骸を混ぜた偽物なども出回っていることなども知りました。
私は、できるだけ加工されていない、そして美しい琥珀、また信頼のおける店を探しました。

パランガ海岸の琥珀

海岸で拾った琥珀

この地方では、琥珀は海底から採取します。人類が誕生するはるか前に、倒木が地中に埋もれ、その樹液が地面の水分や熱や圧力などで変性して化石となり、バルト海の海底に眠っています。パランガの海岸に出てみると、貝殻や海藻、小石や砂に混じって、不ぞろいな形をした小さくて商品にならないような琥珀が打ち上げられており、子供たちが拾っていました。私も琥珀を集めてみました。数千万年の時を経て、いま、初めて私と巡り合ったのです。海岸で拾った琥珀を手のひらに握りしめたら、凝縮した時間を手にしているようでした。

リトアニアで私たちが選んだ琥珀は、弊社の職人がひとつひとつ丁寧に念珠に仕上げています。
ぜひ、手に取ってみてください。